カメラの大林オンラインマガジン プロ写真家レビュー! 写真家 田村梨貴 × 富士山の撮影
写真・文:田村梨貴/編集:合同会社PCT
霊峰・富士山で、自分らしい一枚を撮るために
日本を象徴する存在・富士山。その美しさに心を奪われ、多くの人がカメラを向けてきました。しかし、「本当に納得できる一枚」を残すのは、簡単ではありません。本記事では、富士山写真家・田村梨貴が、作例とともに機材選びや構図、光や気象の読み解き方までをわかりやすく解説。心に残る一瞬を写真に収めるためのヒントを、やさしくお届けします。
- 田村梨貴(たむら・りき)
- 神奈川県出身の富士山写真家。学生時代に見た、富士山と月が織りなす光景に感銘を受け、写真家としての歩みを始める。 誰も見たことがない奇跡のような富士山景を追い求めて活動中。 富士山をメインとしたフォトコンテスト「富士山写真大賞」や「山中湖フォトグランプリ」にてグランプリを受賞。 現在はカメラ雑誌での執筆やテレビ出演、SNSを通じて、富士山の魅力を発信している。
目次
はじめに
日本人にとって富士山は、単なる山を超えた特別な存在です 。その美しい稜線は古来より人々を魅了し続け、現代においても「最も身近な絶景」として、誰もがレンズを向けたくなる魅力を放っている。
しかし、誰もが手軽に撮れるからこそ、個性を表現するのが難しい被写体でもあります 。一歩踏み込んで「作品」にしようと試みても、どこか既視感のある、ありふれた一枚になってしまいがちです 。多くの写真家が挑んできたこの巨大な被写体を、いかにして自分だけの個性を引き出し、唯一無二の瞬間を切り取るか。今回の記事では、私がこれまで撮影してきた経験をもとに、撮影テクニックについて解説していきます。
さまざまな表情を見せる、富士山の作例写真
[山中湖]
富士フイルム GFX100S・GF32-64mmF4 R LM WR・絞りF4.5・60秒・ISO100
月明かりが照らす冬の山中湖。上空に現れた吊るし雲が彩雲へと姿を変える瞬間を狙った。月の軌道をシミュレーションし、あえて長秒露光を選択することで、湖面の質感と雲の動きを柔らかな表現へと昇華させている。
富士フイルム GFX100S・GF32-64mmF4 R LM WR・絞りF8.0・1/8秒・ISO100
山中湖からの逆さ紅富士。この日は気候条件が良く強烈な紅富士となったが、裏側の雲までは紅色に染まらない少し不思議な光景であった。紅富士は見た目よりも明暗差がある為、少し露出を落として撮影をする。上下左右をシンメトリーな構図とする事で視点を富士山に誘導している。
[河口湖]
富士フイルム GFX100S・GF45-100mmF4 R LM OIS WR・絞りF16・1/80秒・ISO100
雲海に浮かぶ霊峰富士。斜光によって陰影が生まれ力強い富士山の様子を引き出した。
早朝の青空の中にもわずかな赤みが残る雲の階調を大切に表現した。絞りをF16まで絞り込み、手前の雲から遠くの山肌まで緻密に描き出す事で現場の空気感を封じ込めている。
ニコン D850・SIGMA MACRO 70mm F2.8 EX DG・絞りF5.6・80秒・ISO400
夜明け前の河口湖から望む巨大な二重笠雲と富士山。富士山上空に出来た笠雲は刻一刻と姿を変えていく。年に数回訪れるかどうかの珍しい光景をフィルム調のトーンで仕上げることで「非日常的」かつ幻想的な作品へと昇華させた。
[西湖]
富士フイルム GFX100S・ニコン AF-S NIKKOR 28mm f/1.8(マウントアダプター使用)・絞りF2.0・15秒・ISO3200
静寂に包まれた深夜の西湖。湖面には[逆さ富士]と[逆さ天の川]が見える。風が止む一瞬を待ち、空と湖が溶け合うような世界を切り取った。ケラレてしまう場合はトリミングをする必要があるが、GFXに明るい単焦点レンズを組み合わせると、見た事が無いような宇宙の広がりを克明に描き出せる。
ニコン D850・ニコン AF-S NIKKOR 50mm f/1.8G・絞りF8.0・1/250秒・ISO100
前景に山が重なる西湖は、カメラマンの少ない隠れた名スポットだ。朝日に照らされた新緑が鮮やかに浮かび上がる様子は、異国のよう情景を彷彿とさせる。引きの構図取りをすることで、富士山を取り巻く豊かな自然のスケールを表現した。
[西湖]
ニコン D850・シグマ 105mm F2.8 EX DG MACRO・絞りF4.0・120秒・ISO400
夜明け前の一焼けに染まる吊るし雲と富士山。吊るし雲は山中湖から御殿場側にかけて発生することが多く、日の出前のわずかな時間で条件が揃うと赤く染まる姿を見せてくれる。光の当たり方を計算し、狙いに合わせて撮影地を選択できるのは、独立峰である富士山ならではの特徴だ。
ニコン D810・Carl Zeiss Distagon T* 2/35 ZF.2・絞りF16・1/640秒・ISO200
朝日射し込む精進湖からの富士山。年末年始の精進湖では富士山稜線の左から太陽が昇る。日が射しこむ光景だけでも美しいが、気温と水温との寒暖差によって発生する毛嵐も観測ができる。三脚を低く構える事で毛嵐を浮き立たせ、臨場感あふれる一枚に切り取った。
[本栖湖]
ニコン D810・Carl Zeiss Distagon T* 2/35 ZF.2・絞りF2.8・120秒・ISO200
雲海湧き立つ本栖湖と富士山。長秒露光によって雲を滑らかに描写し、聳え立つ富士山との「静と動」を対比させた。あえて露出を切り詰め、夜明け前の深い静寂と、刻一刻と変化する光の階調をドラマチックに表現した。
富士フイルム GFX100S・GF32-64mmF4 R LM WR・絞りF16・1/200秒・ISO160
毛嵐立つ本栖湖と富士山。本栖湖の荒々しい溶岩帯を前景に据え、富士山の稜線から太陽が姿を現した瞬間を切り取った。岩肌の質感と、立ち込める霧の柔らかな表情を対比させ、現場の空気感と温度までもが伝わる情景を追求した。
[田貫湖]
富士フイルムGFX100S・GF32-64mmF4 R LM WR・絞りF8・15秒・ISO200
朝焼けに染まる吊るし雲と富士山。夏の朝、田貫湖からは富士の背後から昇る太陽を仰ぐことができる。この日は巨大な吊るし雲が発生し、一帯が鮮やかな朝焼けに包まれた。息をのむほど神々しい瞬間を、湖面に映る逆さ富士と共に切り取った。
富士フイルム GFX100S・GF32-64mmF4 R LM WR・絞りF7.1・1/40秒・ISO100
逆さ赤富士と順光焼けの空。朝は富士山東側、夕方は富士山西側で赤富士が観測できる。そして朝焼けは太陽の方角から染まるものだが、稀に条件が整うと背後の空までもが赤く焼ける「順光焼け」が起こる。予想外の展開に高揚しながらも、基本に忠実なシンメトリー構図を維持し、この奇跡的な情景を切り取った。
撮影機材について
富士フイルム GFX100Sを選んだ理由は、ラージフォーマットがもたらす圧倒的な描写力が愛用する理由だ。富士山撮影において、同じ条件、同じ表情に出会える瞬間は二度と存在しない。過去の自分の傑作を見返したとき、「あの時、もっと性能の良い機材で撮れていれば……」と後悔だけはしたくない。「今の最善はなんなのか?」と考えながら機材選びを行った結果、辿り着いたのがGFXだった。一億画素を超える解像度は、肉眼では捉えきれない繊細な質感や現場の空気をも捉えてくれる。
撮影のテクニックの話
富士山撮影でよく陥りがちなのは、ただ広く写すだけの「説明的な写真」となってしまう事だ。私は不要な要素を削ぎ落とす「引き算の構図」をいつも意識している。
また三分割構図にとらわれすぎない事、時には日の丸構図を使うなど、富士山の存在感をより強く際立たせることが富士山撮影で重要な事だと考えている。
また、気象現象や天体の動きを理解することも欠かせない。雲の発生位置、太陽や月の軌道、季節ごとの自然現象を組み合わせることで、同じ場所でもまったく異なる表情の富士山に出会える。撮影前のシミュレーションと現場での柔軟な判断が、唯一無二の作品を生み出す鍵となっている。
おすすめの撮影スポットなど
富士山撮影の魅力が詰まっているのは「富士五湖」と「田貫湖」です。 特に山中湖と田貫湖は、シーズンになると富士山頂に太陽が重なる「ダイヤモンド富士」を湖畔から見る事ができ、写真家なら一度は訪れたい聖地となっている。
観光地として整備された河口湖はアクセスも良く、初心者でも手軽に絶景ポイントでの撮影が楽しめる。一方で、車での移動が必須となる[西湖、精進湖、本栖湖]の三湖は、自然に囲まれてゆったりと被写体に向き合えるのが魅力だ。また、このエリアは街明かりが少なく、夜には満天の星が広がります。富士山と星空を狙うなら、この三湖がオススメのスポットだ。
近年は富士山周辺にライブカメラが多数設置されており、現地の天候や雲の動きをリアルタイムで確認できる。天候によって富士山が見えない場合もある為、撮影前にライブカメラを活用して、撮影地を選ぶと良い。
まとめ
富士山は誰もが撮りたいと感じてしまう被写体だからこそ、自分だけの「個性」を表現する楽しさがあります。これから春にかけて、富士山の周辺では桜や新緑の季節が訪れ、雲海などの気象現象、そして天の川といった天体が撮れるシーズンが始まります。今回ご紹介したポイントを意識して、ぜひ次の撮影に活かしていただければ幸いです。
写真は、[撮る人]と [それを見た人]の心を少しでも動かす事ができれば、それだけで価値が生まれるものです。上手に撮れることに越したことはありませんが、楽しみながら継続することが上達への近道だと思っています。この記事が、そのきっかけになれば嬉しいです。



