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カメラの大林オンラインマガジン プロ写真家レビュー! 石井朋彦 ×ライカQ3

写真・文:石井朋彦/編集:合同会社PCT

28mmという空間の中で身につける被写体との距離感

2023年6月に発売された、フルサイズセンサー搭載の単焦点コンパクトデジタルカメラ「ライカQ3」。今回は写真家・映画プロデューサーである石井朋彦さんに、愛機である「ライカQ3」について、最近発売になった「ライカQ3 43」の話題にも触れつつ、機能面から操作性、描写力までレビューいただきました。

石井朋彦
写真家・映画プロデューサー。「千と千尋の神隠し」「君たちはどう生きるか」「スカイ・クロラ The Sky Crawalers」等、多数の映画・アニメーション作品に関わる。雑誌「SWITCH」等に写真やルポルタージュを寄稿し、YouTubeやイベント等で、ライカのカメラや写真の魅力を発信し続けている。2023年、ライカ GINZA SIX、ライカそごう横浜店で写真展「石を積む」を開催。2024年8月1日(木)-11月29日(金)、ライカ松坂屋名古屋展にてパリを撮影した写真展「ミッドナイト・イン・パリ」を開催中。 

はじめに-Leica Q シリーズはなぜ「ライカのカメラ」なのか

筆者が初めて手にしたライカのカメラは「Leica Q2」でした。宮﨑駿監督の最新作「君たちはどう生きるか」の制作現場で、「宮﨑さんを歴史的なカメラで撮りたい」という想いが膨らみ、知人の紹介でライカ銀座店を訪れたのです。
当時は「M型」と「Q」との違いもわからないまま。手にした瞬間、稲妻に撃ち抜かれたかのような衝撃を覚えました。コンパクトデジタルカメラと呼ぶには重厚感のあるボディと、ヘリコイドのしっとりとした駆動感。レンズキャップを外す所作にさえ、何か意味が生じたかのように感じます。

はじめてEVF(液晶ビューファインダー)を覗いた時の感動は忘れられません。ライカを代表するレンズ、Summilux(F1.7)によって描き出される、肉眼で視る世界よりも奥行きのある撮像空間と濃厚な色味。被写体にピントが合った合焦部のクリアさよりも、背景へとなだらかに浮かび上がるボケの立体感に目を奪われます。

新高円寺駅近くにて
Leica Q3・35mmで撮影(デジタルズーム)・絞りF1.7・1/125秒・ISO100

新高円寺駅近くにて
Leica Q3・絞りF1.7・1/125秒・ISO100

ライカMマウントレンズのSummilux 28mm(F1.4)単体の定価は1166,000円(2024年10月6日現在)。「レンズを買うと本体がついてくる」というジョークがあるほど、Leica Qシリーズは、高画質なフルフレームサイズのライカカメラを、比較的手に取りやすい価格(とはいえ高額ですが……)で入手できるという点においても画期的なカメラです。

──と、Leica Qシリーズのスペックや画質に関して、私のような新参者が語る資格はありません。前段が長くなりましたが、Leica Qシリーズを「Leica Q2」「Leica Q3」と手にした後、M型を現在フィルム(Leica M2)も含め5台所有するに至った筆者が、今も「Leica Q3」を撮影現場に携行していることの意味について、記させて頂きます。

クロップではない。被写体との距離を測っている。

ライカを代表するレンジファインダー(距離計)カメラ、M型の特徴は、素通しガラスの光学ファインダーを通して対象との距離を測り、周囲の状況を俯瞰しながら被写体を撮影できる点にあります。ミラーレスカメラやスマートフォンで撮影者が見る像は、センサーが受光した光がデジタル変換され、液晶に表示されている画像です。実際に対象物を見ているわけではない現代のデジタルカメラに対して、M型は実際に対象を見てシャッターを切ることができるのです。

EVFを搭載した「Leica Q3」も、撮影時にはデジタルデータを見ていることになるのですが、「Leica Q3」は28mmの焦点距離の中で、35mm、50mm、75mm、90mmと、5つの焦点距離のブライトフレーム(28mm時にブライトフレームは表示されない)が表示され、あたかもM型のように撮影することができます。RAW(DNG)には28mmのフル画像が撮影されており、後からフレームを広げることができる。

これらの機能は、取扱説明書に「デジタルズーム」と記されており、多くの人はこの機能を「クロップ」と呼びますが、あえて異論を挟みたくなります。この機能こそ、Leica QシリーズがM型ライカの特徴である「距離計=レンジファインダー」機構を、EVF上で実現しているのではないかと考えるからです。

エジンバラにて
Leica Q3・絞りF1.7・1/8000秒・ISO100

エジンバラにて
Leica Q3・絞りF1.7・1/400秒・ISO100

エジンバラにて
Leica Q3・50mm相当で撮影(デジタルズーム)・絞りF1.7・1/500秒・ISO100

エジンバラにて
Leica Q3・絞りF1.7・1/50秒・ISO100

エジンバラにて
Leica Q3・絞りF1.8・1/400秒・ISO100

焦点距離を、自ら「狙って」撮る感覚を味わうことができる

M型に慣れたあと、Leica Qシリーズを使うと「クロップ=切り取る」というよりも、人間が両眼で見た視界に最も近いと言われる28mmという焦点距離で世界を見渡しながら、35mm、50mm、75mm、90mm(Leica Q3のみ)という焦点距離を、自ら「狙って」撮る感覚を味わう事ができます。

Leica Q3が搭載しているセンサーは6000万画素。50mm、75mm、90mmで撮影しても、十分に実用に耐えうる画素数を備えています。一台のカメラに、開放値1.7のSummiluxのレンズが5本入っているようなもの。当初「Leica Q2」を使い始めた時、35mm、50mm、75mm(Q3では90mm迄)までクロップできるのに、撮影時、各々の解像度でEVFに表示されないことに不満を覚えました。

しかし、M型を使い始めてはじめて、その意味を知ることになります。ライカの技術者は、28mmという人間が両目で見た視界の中で被写体を捉えながら、ズームレンズの代替ではなく、対象との距離を見極めた上でレンズを決定する──あたかも、シームレスにレンズ交換をしながら(実際にM型でそんな芸当はできません)撮影できるように設計したのではないか──と推察できるのです。

エジンバラにて
Leica Q3・75mm相当で撮影(デジタルズーム)・絞りF1.7・1/800秒・ISO100

エジンバラにて
Leica Q3・75mm相当で撮影(デジタルズーム)・絞りF1.8・1/50秒・ISO160

被写体との距離をはかり「射抜く」というイメージ

被写体との距離を変えず、レンズをその場で変えるような意識で撮影を重ねてゆくと、次第に被写体との距離が身体に馴染み、撮影距離を目測できるようになっていることに気づきます。ズームレンズで被写体を「引き寄せて撮る」のではなく、単焦点レンズで被写体との距離をはかり「射抜く」というイメージです。

筆者の師である写真家・渡部さとるさんや、M型カメラの使い方を教習する「M型教習所」を主催する写真家・萩庭桂太さんは「写真は距離である」と仰っています。萩庭さんは以前、M型とLeica Q2を併用されていましたが「M型で撮る時も、Qで撮る時も、被写体との距離は変わらない」と仰っていました。「Leica Q3」で撮るということは、28mm、35mm、50mm、75mm、90mmというライカを代表する5つの焦点距離の距離感を、たった一台のカメラで身につけることができるという贅沢な体験と言えるのです。

エジンバラにて
Leica Q3・35mm相当で撮影(デジタルズーム)・絞りF2.0・1/50秒・ISO160

エジンバラにて
Leica Q3・35mm相当で撮影(デジタルズーム)・絞りF5.0・1/125秒・ISO100

悪天候にも強い、防塵・防滴機能も備えている「Leica Q3」 

本原稿の執筆中、Leica Qシリーズの最新機種であり「Leica Q3」のボディに「APO-Summicron 43mm F2.0」 のレンズを搭載した「Leica Q3 43」が発売されました。筆者はM型のAPO-Summicron 35mm と 50mm を所有していますが、一本100万円を優に超えるAPO-Summicron のレンズをLeica Qシリーズが搭載したことに驚きました。早速試写させて頂いたのですが、43mm から 150mm までの焦点距離を実質的にカバーするAPO-Summicron の圧倒的な解像感に、ただただ嘆息するばかりでした。

Leica Qシリーズはマクロモードを備え、最短17cmの接写も可能ですが、接写した指の指紋がまるで上空から撮影した山脈のように浮かび上がります。「Leica Q3」と「Leica Q3 43」二台で、ほぼすべての撮影環境に対応できることは間違いありません。付け加えておくと、IP52相当の防塵・防滴機能を備えていることもQ2以降からの強みです。現在高輪ゲートウェイの駅で展示されている、高さ3m、長さ140mに渡る巨大な写真の撮影を担当させて頂いたのですが、刻々と天候が変化する中、防塵・防滴機能を備えている「Leica Q3」は、いかなる環境においてもビクともしませんでした。

外観はQ2とほぼ変わらない。

背面モニターがチルト式になり、よりフレキシブルな撮影スタイルが可能になった。M型では狙いにくいアングルもQ3であれば自由自在だ。

AFカメラだが、マニュアルフォーカス時の距離計表示もM型と同じ。AFがもたつく際はMFに切り替え、M型と同じ感覚で距離を測って撮るのも楽しい。

USB-Cコネクタが搭載され、直接バッテリー給電が可能になった。

入門機であり完成機でもある究極のライカのカメラ

「QはM型への入門機である」と言われます。Qを使い込めば使い込むほどライカのレンズの描写に魅入られ、沼へと落ちてゆくことになるのですが、最近はむしろ、Leica Qシリーズは入門機ではなく、究極のライカカメラなのではないかと感じることがあります。

M型のように撮影に特別なテクニックを要せず、SLシステムと比較して圧倒的にコンパクトであり、圧倒的な描写力を誇るLeica Qシリーズは、100年近く前にオスカー・バルナックによって構想された「コンパクトで誰もが撮影できるカメラ」というライカの思想を明確に受け継いだ最新のデジタルカメラと言えるのではないでしょうか。「Leica Q2」以降、Leica Qシリーズが最も売れているという事実がそれを証明しています。

まとめ

ライカは現在、最も多くのフォーマットのカメラシリーズを発売しているメーカーです。35mmフルフレームフォーマットの「Leica Mシステム」、「Leica SLシステム」、「Leica Qシリーズ」 。中判フォーマットの「Leica Sシステム」。「Leica D-LUXシリーズ」と、APS-Cセンサーを搭載した「Leica CLシステム」「 Leica TLシステム」(現行機種は発売されていない)。インスタントフォトシステムの「Leica SOFORT」。フィルムカメラである「Leica M6」と「Leica MP」「Leica M-A」を合わせると、実に6種類ものフォーマットのカメラを、今も世に送り出していることになります。

オスカー・バルナックが、1925年に35mmサイズのフィルムカメラ「ウル・ライカ」を世に送り出してから来年で100年。その一貫した姿勢は、カメラの歴史を牽引し、数多の歴史的写真を生み出してきたライカの矜持と言えます。本稿で紹介するLeica Qシリーズが発売されたのは2015年。来年でLeica Qシリーズが10年目に入ることにも、何か運命的なものを感じます。

先般、ライカの元レンズ開発責任者で、現在技術広報を担当されているでピーター・カルベ氏と、ある会合の場で立ち話をさせて頂く機会を得ました。折しも「Leica Q3 43」が発売されたばかり。「Leica Q3」と「Leica Q3 43」の販売価格に関して話題が広がると、カルベ氏は、磨き込まれたレンズのように美しく澄んだ目で私を見つめたあと、こう答えて下さいました。

「Qは安すぎるよ。Summilux と APO-Summicron を搭載して、この価格なんだから」

今回のカメラ・レンズ

ライカQ3
◉発売=2023年6月3日 ◉価格=990,000円(税込)(実売・940,500円税込)
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