カメラの大林オンラインマガジン プロ写真家レビュー! 赤城耕一が深掘りする、M型ライカの象徴的な存在「ライカM2」
写真・文:赤城耕一/編集:合同会社PCT
第六席 シンプルな35mmフレームを新たに採用!
ライカの不定期連載の第6弾。前回に引き続き写真家の赤城耕一さんにライカの歴史を紐解きながら、ご自身の体験をもとに熱くお話いただきます。今回はライカM3の次に登場したM型ライカ、「ライカM2」を取り上げます。
- 赤城耕一(あかぎ・こういち)
- 東京生まれ。出版社を経てフリー。エディトリアル、コマーシャルで活動。またカメラ・写真雑誌、WEBマガジンで写真のHOW TOからメカニズム論評、カメラ、レンズのレビューで撮影、執筆を行うほか、写真ワークショップ、芸術系大学で教鞭をとる。使用カメラは70年前のライカから、最新のデジタルカメラまでと幅広い。著書に『赤城写真機診療所MarkⅡ』(玄光社)、『フィルムカメラ放蕩記』(ホビージャパン)、『アカギカメラ—偏愛だって、いいじゃない。』(インプレス)など多数。
目次
はじめに
デジタルのM型ライカにはM9までブライトフレームを明るく表示するための採光窓がありました。これがあるからこそ、尊いのであるという話を酒宴のネタとしてあれこれ話をしていた時期がありました。年寄りですから、これは仕方ないですね。いわば、ライカは前機種のデザインが良かったというステレオタイプな昔話であります。こういう瑣末なことにこだわるから、おまえは老害などと言われてしまうのかもしれませんが、ライカのことくらい好きに言わせてもらいたいわけです。最新ミラーレス機では、このような些末なことなどが話題になることはありません。
しつこいですが現在のM11などのM型ライカはいずれも採光窓がありません。フレームはLEDによって照明されます。したがって電源をONにしないとフレームが出現しません。このため外観は窓があったところに空きスペースができました。これはライカM(Typ240)からでしたかね。筆者はライカM(Typ240)の外観を見て驚きました、カメラ前面に間が抜けた空き地ができた感じがしたからです。
結局はライカ M(Typ240)も入手することになり、使いはじめることになります。実用上はなんら文句はないわけですから我慢するしかありません。それでもその姿が“目に馴染む” までは多少の時間を要しました。M9やフィルムライカMも併用していることもあったかもしれません。
ライカM2のブラックとシルバー。ブラックボディが珍重されているライカM2ですが、ごく普通のシルバーモデルにこそ、その魅力があるような気がすると昨今思っております。
ライカMシリーズは「デザインで買う」カメラ
その昔はライカはカメラ保守層の絶対的な権威によって、存在そのものが神格化されていたようなところがありましたから、新型が登場したから、はいそうですかとすぐに買い足したり、下取り交換をしたりするのは少数の富裕層の方々だと思います。今もそうかもしれませんけど。
ちなみに木村伊兵衛と三木淳は、どちらが新型ライカを先に入手するかで、本気で競っていたことがあると何かの記事で読みました。
とはいえ、保守のライカファンは、新型ライカが登場すると、まずは否定から入ったそうです。スクリューマウントのライカユーザーはM型ライカの初号機であるライカM3が登場した時にこき下ろしたという話もあります。理由はライカIIIfと比較すると大きくて重たいからだそうです。このために当時のライツはスクリューマウントライカの新型、ライカIIIgを発売しました。
なんとも面倒なことでありますが、当時のライツに相当な余裕があったのでしょうね。そう簡単には新型ライカの新機能とやらを認めないぞというへそ曲がりさんが少なからず存在したのでしょう。新型が出ると必ず何か一言は言わないと、気が済まないわけです。
ライカMシリーズは「デザインで買う」カメラという印象が強くあります。このあたりの話はライカM4を絶対的なM型ライカの象徴として考えていることを筆者はすでに告白しています。
フィルムのライカM型の象徴的な存在は、ライカM2だったのではないか
ライカM4が当時のライツの代理店、シュミット商会に入荷した時、いちはやく駆けつけたのは木村伊兵衛でしたが、当初はM4のことを評価しなかったそうです。いわゆるM4の大きな特徴でもあるラピッドスプールがお気に召さなかったようなのです。
当初、フィルム装填がうまくいかなかったのかどうか、それはわかりませんが、たしかにリーダー部をスプールにしっかり入れないと、外れてしまうトラブルは筆者も自身のM4において経験したことがあります。あまりにも簡便にフィルムが装填できてしまうことに対する甘えですね。解決策としてはフィルムのリーダー部を少し折り曲げ、フィルムを装填するという単純なことでした。これも木村伊兵衛が気づいたといいます。これは飯田鉄さんのエッセイで読みました。
M2のブラックペイントボディも希少種ですが、ライツから公表されているブラックペイントのシリアルナンバーと合致しない謎のモデルもあったりして、真贋の判定は闇が深くなるわけです。この個体も番号ハズレの一台であります。
ライカM2にライカビットMPを装着してみます。ライカMシリーズの中でこの「手動迅速巻き上げ装置」が無調整で装着できるのは、オリジナルのMPとM2です。上部の巻き上げレバーは操作しやすいですし、ライカビットを使用する必然はないのですが、これも希少種、珍品の扱いです。
ちなみにライカM2からM4への進化点というのは少なくて、このラピッドスプールが採用されたことと、135mmのフレームが内蔵されたこと、フィルム巻き戻しにクランク式が採用されたことくらいなのです。もしかすると木村伊兵衛はこの程度で新型カメラとしてしまうことが、気に入らなかったのかもしれませんね。『ライカの歴史』(写真工業出版社)で有名な中川一夫氏も、ライカM4発売の時期に、M2からM4に取り替えるよりも、フォコマートを入手したほうが、ライカのポテンシャルを引き出せると書いています。あまり無駄遣いはするなということかもしれません。あまり説得力はありませんが。
ライカM2-Rです。ライカM2にM4のラピッドスプールを内蔵した限定モデルです。当初はシリアルナンバー116万台のM2の一部にラピッドスプールを予告なく搭載し、注目を集めたので、のちに「M2-R」刻印を施して限定再生産しました。すでにM4が登場していた時代ですので、ライツも商売上手ですね。
これにならえば、フィルムのライカM型の象徴的な存在はライカM2だったのではないかと思えてきます。ファインダーの基本構造はブライトフレームの数以外、現在のライカM11-Pまで変化はありません。
ライカM2の誕生によって、広角レンズは特殊なものではなくなった
ライカMシリーズの現代に至るまでのデザインの礎となったのはライカM3とされているのですが、デジタル化以降のMシリーズのフォルムやファインダーのデザイン周りは、M2が近いように思います。M10以降のモデルに備わったISO感度ダイヤルもM2のフィルム巻き戻しノブのギミックともいえるものですし、これは、見方によっては微笑ましくもあります。
また、現行のフィルムMシリーズライカ、M-AにしろMPにしても、M7まで備わっていたフィルム巻き戻し方式をクランク式からノブ式に“退化” させてきたことにもびっくりしました。ライカM3がフィルム巻き戻しをノブ式にしたのは、巻き戻しを急速に行うと、フィルムが静電気でカブることがあるというリスクを回避したからだと聞いています。
ライカM2の巻き戻しノブと、ライカM10-PのISO感度ダイヤルです。デジタルになってもM2をリスペクトする姿勢なのでしょうか。ライカ社も細かいところまで頑張っています。
ライカ社に取材するたびに、この裏づけを取ろうと試みているのですが、その事実を知る人は少ないかもしれません。むしろデザイン優先の思想がここにあると考える方が自然ではないでしょうか。先に述べたようにライカM2が登場した時は一般的にはM3の弟分という認識だったようです。フィルムカウンターは手動設定になったのはあまりにも古臭い印象です。M3に内蔵していた135mmフレームを省略し、逆にM3には採用されなかった内蔵35mmフレームを、新たに採用したという英断が行われました。
このため報道畑やスナップ派カメラマンにM2は歓迎されます。今でこそレンジファインダーカメラが広角方面にアドバンテージがあることは広く認識されているわけですが、M2の誕生によって、広角レンズは特殊なものではなくなったのでしょう。
先に述べましたがM10以降のライカのISO感度ダイヤルがライカM2の巻き戻しノブと同様のデザインとしたことも、いまのライカ社はM2をリスペクトしているのではないかとも思えてきます。M2はヒット作で、長期にわたって販売されており、途中で細かな改良が行われており、バリエーションがいくつもあります。
大きくは初期のタイプでは巻き戻しクラッチがレバーではなくボタン式であること、ファインダーのコーティングの有無、ブライトフレームの採光窓のデザインの違い、タイプによってはセルフタイマーレバーの有無などが挙げられます。瑣末なことばかりですが、筆者の経験からすると、採光窓は外式で、コーティングがあるほうが、ファインダーの視野は明るくみえるようです。
シンプルなブライトフレームで世界を切り取る
実用面においても、ライカM2を評価したい点はあります。それはブライトフレームが装着レンズに対して一種類しか出現しないという、とてもシンプルでわかりやすい表示になっていることですね。これはとても見やすいです。
M4-P以降のライカでは28/90、35/135、50/75mmフレームが同時表示されますが、これはフレーム枠を増やす、すなわちフレームの種類に応じて、多くのレンズを販売しようという作戦に違いありません。
ユーザー側も何かと理由をつけ、「ライカレンズを買う理由」を探しているものですから、これに喜び、フレームの数だけレンズを買うのだと自ら沼に落ちてゆく人も少なくないはずです。でもM2のように種類が少なくシンプルなフレームなら、その視野は見やすいだけでなく、35、50、90mmの3つのフレームのみですべての世界を見よう、切り取ろうとする覚悟が生まれるわけなのです。
ライカM2での作例写真
休暇中の韓国の海軍兵士さんたちです。夏の日差しに白い軍服が映えるので撮影させてもらいました。よい感じで階調が出ています。
【撮影データ】ライカM2・ズマロン35mm F2.8・絞りF8・1/1000秒・トライX
再開発中の東京北新宿の景色です。少々古いレンズなのでコントラストが弱含みなんですが、気だるい感じが出ました。
【撮影データ】ライカM2・エルマリート28mm F2.8(2nd)・絞りF8・1/500秒・トライX
高層ビルからみた東京の景色です。コシナ・フォクトレンダーは現行ライカレンズに勝るとも劣りません。すばらしき性能です。
【撮影データ】ライカM2・フォクトレンダーウルトロン35mm F2 Aspherical VM・絞りF8・1/1000秒・T-MAX400
ビルの谷間に窓ガラスのリフレクションを発見すると嬉しくなります。別の世界に誘われる感じになるから。日陰と日向が混在する条件ですが、うまく落としどころをみつけてくれたようです。
【撮影データ】ライカM2・ ズミクロン50mm F2(1st)・絞りF5.6・1/250秒・エクタクロームE100VS
古い工場。夏の日没寸前の光が効果を上げていますが、ディテールもよい感じで描写されています。古いレンズですが感心してしまいます。
【撮影データ】ライカM2 ・ズミクロン50mm F2(1st)・絞りF5.6・1/125秒・エクタクロームE100VS
背後に視線を感じたら、店の看板だったというのはよくある話ですが、その感覚を写真で伝えるのはなかなか難しいです。絞りを開いても優秀な描写です。
【撮影データ】ライカM2・ズミクロン50mm F2(1st)・絞りF2.8・1/250秒・エクタクロームE100VS