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カメラの大林オンラインマガジン プロ写真家レビュー! 写真家 井上浩輝×野生動物写真の撮り方

写真・文:井上浩輝/編集:合同会社PCT

『今日の野生動物の方向性と機材選び』

今回は野生動物を撮影する際のポイントやテクニック、機材選びからカメラ性能の活かし方まで、写真家 井上浩輝さんに解説いただきました。野生の動物撮影、なかなか直接教わる機会は少ないと思います。ぜひ作品づくりの参考にしてくださいね。

井上浩輝(いのうえ・ひろき)
きつねのひと | 写真家 | 早稲田大学非常勤講師 風景写真の撮影をする中、キタキツネを中心に動物がいる美しい風景を追いかけるようになり、米誌「National Geographic」の『TRAVEL PHOTOGRAPHER OF THE YEAR 2016』のネイチャー部門において、日本人初の1位を獲得。写真は国内のみならず海外の広告などでも使用され、最近は、SONYや AIRDO などの企業と提携しながら撮影をしている。その活動は毎日放送『情熱大陸』やTBS『金スマ』などで紹介されている。早稲田大学基幹理工学部非常勤講師。

はじめに

動物写真には、惚れ惚れとするような動物たちの美しさや表情、ときに息を飲むような躍動の瞬間を捉える魅力があります。特に、野生動物の撮影に取り組むとなると、そこには“不確かさ”と“難しさ”がありますが、それだけに撮れたときのよろこびは大きいです。

はじめて野生動物を被写体にして撮影をするようになった頃の自身を思い出すと、画角の中に野生動物がいてピントが合っているというだけでうれしかったことを今でも鮮明に覚えています。その後、被写体ブレとの闘いがあって、キタキツネやエゾリスであれば1/1000秒あたりのシャッター速度があれば被写体ブレでがっかりするということが減ることを体験しました。それと同時に、天井知らずに上がる感度によるザラザラとの闘い。素敵な瞬間に出会うことがあっても、カメラの電源を入れてから撮影できるようになるまでのタイムラグやオートフォーカスの性能が十分ではなく、がっかりすることが多かったものです。

これらの苦労については、2017年頃からミラーレス一眼の革命的進化が巻き起こって、この記事を書いている2024年となると、どのカメラメーカーであっても中堅より上位の最新機種であれば、難なくこなしてくれるものになっています。換言すれば、レンズを向けて画角に収めてシャッターを切ればそれなりに野生動物が写っているという夢のような新時代になりました。そういった新時代において、一歩先を行く野生動物写真を撮るための切り口として、「端正なポートレート」、「物語のシーンを切り撮る」、「躍動の瞬間」という井上ならではの野生動物写真の類型ごとにみながら、機材選びについて考察したいと思います。

1. 端正なポートレートのために

ソニーα7R V・FE 70-200mm F2.8 GM OSS II・70mmで撮影・絞りF2.8・1/1250秒・ISO100・WBオート

野生動物のポートレート撮影は、単なる美しさの捕捉以上の意味を持つものです。それは、私たち人間は、相手の目を見ることで感情的なつながりを感じたり、その思考を想像して共感や反感を持ったり・・・ということを日常的にくり返しているためです。動物の微細な表情の変化を捉えることは容易ではありませんが、彼らの目を大きくしっかりと捉えることができるかどうかという点は、そのポートレート写真の出来不出来を大きく左右するものとなることでしょう。

この点、今日の最新機種の多くが、犬や猫のような体つきの哺乳類に馬や鹿、鳥などの遭遇しやすいたいていの動物の目を認識するオートフォーカス機能を搭載しています。比較的近距離で遭遇することができた野生動物の目にピントを合わせて撮影することそれ自体には、もう難しさなんてほとんどないことと思います。では、どこでさらなる表現が可能になるのでしょうか。被写体となる野生動物の目の高さと同じ高さで撮るということがもっとも大切です。撮影者と被写体の目線の高さの違いのあり方は、写真に表現される撮影者と被写体の関係性を象徴するもののひとつです。それを揃えることの重要性は言うを待たないことでしょう。


ソニーα9Ⅱ・FE 400mm F2.8 GM OSS・絞りF4・1/1250秒・ISO1600・WBマニュアル

目線を揃えるときに苦労するのが、目線の高さが低い動物を撮影するときです。雪がつもっていて腹ばいになって撮影することに抵抗がない場面であれば良いのですが、地面が泥だらけだったり、不衛生なこともあります。そんなときは、ミラーレス一眼カメラの特権とも言える背面液晶を使った撮影をしたいものです。これからカメラのボディを新調される方は、背面液晶の仕様について注意してください。背面液晶の展開方式には、チルト式とバリアングル式があります。こういった撮影では、液晶の下部を持ち上げるだけでよいチルト式がとても使いやすいです。バリアングル式の場合、左手で望遠レンズを支えながら展開すると目の前で右手と左手が交錯します。そして、手首を妙な方向にひねって液晶画面を回転させることになります。面倒です。これをやっている間に被写体は表情や視線変えてしまうかもしれません。そして、さらにつらいことに、野生動物撮影で常用される超望遠レンズの軸と液晶パネルの軸は、チルト式のときは大きくズレませんが、バリアングル式であれば大きくズレます。そのために、被写体を液晶画面の中に捉えるのに慣れたとしても時間がかかります。私の感覚ではありますが、かなり厳しいです。ぜひ、この点について新しいカメラを導入するときは確認をしてみましょう。近ごろは、チルト式とバリアングル式のどちらの動きもできる素敵なカメラ(SONY α7RⅤなど)もリリースされはじめています。


ソニーα1・FE 400mm F2.8 GM OSS・絞りF2.8・1/1250秒・ISO800・WBマニュアル


2.物語のシーンを切り撮る

写真は単なる瞬間の切り撮り以上のものを表現するメディアです。特に野生動物の撮影において「物語のシーンを切り撮る」のアプローチは、見る者にその場の雰囲気、動物の感情や背景となる彼らの営みを想像させる豊かなものになります。

ソニーα1・FE 400mm F2.8 GM OSS・絞りF2.8・1/640秒・ISO250・WBオート

こちらのカットを見てみましょう。キタキツネの家族を撮った一枚です。きつね父さんが子ぎつねたちに駆けっこや獲物を捕る練習をさせてヘトヘトになっていたところに、食べものを探しにでかけていたきつね母さんが帰ってきました。うれしそうな目できつね母さんを見ながら耳を倒しちゃったきつね父さんも印象的ですが、耳が全く見えなくなったり、いまにも失禁しそうな腰つきの子ぎつねの姿は、この家族のしあわせな一瞬を切り撮っていると言えるでしょう。


ソニーα1・FE 400mm F2.8 GM OSS・絞りF2.8・1/1600秒・ISO1600・WBマニュアル

こういったシーンの撮影では、彼らに撮影している気配(彼らに注目をしている雰囲気)を気づかれないようにしていたいものです。とはいえ、人間が生活しているエリアと自然の境界線上に生きるキタキツネたちの撮影でブラインドテントを張るのは、ブラインドテントを張る場所の使用許可の問題はもちろん、そもそもいきなりブラインドテントが張られたときにキタキツネたちもびっくりするかもしれないといった問題もあります。ただ、好都合なことに、彼らはクルマに乗っている人間への警戒心はかなり低いことが多いです。特に、クルマに乗って彼らに視線を集中させずにいる人間についてはわりとどうでも良い感じなことが多いです。そのため、クルマにのったまま撮影することで撮影の成功率を上げるということができるのです。そのときは、視線を投げかけていることを気づかれないようにクルマの窓に網のカーテンを取り付けると効果抜群です。ちなみに、私は100円ショップで購入したものを使用しています。また、クルマの中で三脚を展開するのも悪くないのですが、窓枠の上にビーンズバッグを置いたり、クルマの窓枠設置専用のカーウインドウホルダーを使うのも良いでしょう。

・ビーンズバッグ

https://www.hobbysworld.com/item/394602003/

・カーウインドウホルダー

https://widetrade.jp/leofoto/wn-03-leofoto/


ソニーα7R V・FE 300mm F2.8 GM OSS・絞りF2.8・1/640秒・ISO400・WBマニュアル


3.躍動の瞬間

ソニーα1・FE 400mm F2.8 GM OSS・絞りF2.8・1/1250秒・ISO640・WBオート

写真は静止画ですが、その中に動き、すなわち「躍動感」を表現することで、観る人の心に強い印象を残すことができます。こちらの写真では、必死に足を動かして逃げるネズミをねっとりとした目つきでキツネが追いかけています。キツネのこの余裕ぶりに気づくと、逃げるネズミの絶体絶命感がいっそう高まり、その細く短い足に込められた生死を賭けた逃避を想像してしまうものであり、これこそ「躍動感」がもたらす力ということができるでしょう。

このような躍動の瞬間を写し残すためには、高速シャッターは必須です。被写体やシーンにもよりますが、1/1000〜1/2000秒を目指したいものです。また、高速連写も必須です。かつては、“連写をするのは邪道”といった旨の主張をされる方が少なくなかったように思いますが、私たちは1秒未満の時間単位で何が未来に起こるのかを予想できません。そう、私たちは「神様」ではありませんから、連写をせずに撮ったものを一生懸命に最高の一枚だと語るのではなく、愚直に連写をして最高の一枚を後から選ぶのが合理的と言えるでしょう。


ソニーα9Ⅱ・FE 400mm F2.8 GM OSS・絞りF2.8・1/1250秒・ISO500・WBマニュアル

さて、「躍動の瞬間」の撮影では、どの程度の連写速度があると良さそうでしょうか?私の感覚だと、10枚/秒だと少し物足りなさを感じます。キタキツネやエゾリスの撮影では、20枚/秒あたりから、歩留率が抜群に上がる印象です。SONYのα1で実現された30枚/秒、α9Ⅲで実現された120枚/秒は、躍動の瞬間を収めるための素晴らしい相棒になってくれることでしょう。

ここまでは、「躍動の瞬間」を撮るために連写という観点からカメラボディを見てきましたが、ここからはレンズについても考えてみましょう。近ごろの私は、300mmF2.8の超望遠単焦点レンズを使うことが多くなりました。


このレンズは、F2.8という明るくてボケが豊かな単焦点レンズですが、なんといっても軽量です。似た焦点距離のレンズであるSEL100400GMに比べてわずかに重量がありますが、SEL400F28GMに比べるとほぼ半分です。「躍動の瞬間」をしっかりと写し止めるためにはより軽量で機動性が高いレンズはなくてはならないものです。SEL100400GMもSEL400F28GMについても焦点距離やその性能を考慮すると相当軽量な部類に入るのですが。SEL300F28GMの軽さは特筆物ということができるでしょう。

問題は、その焦点距離が400mmではなく300mmだという点です。これをどう乗り越えるのが良いでしょうか?ひとつめの方法は、テレコンです。1.4倍のテレコンバーターSEL14TCを装着すると、420mmF4として使用できます。私の感覚ではありますが、テレコンを使用している感が薄くて、もう少しだけ焦点距離がほしいなぁというときに助かります。二つ目の方法は、5000万画素超の超高画素機とともに使用するというものです。約5050万画素のα1や約6100万画素のα7RⅤとともに使用することで、大きくトリミングして仕上げるという運用が可能になります。



ソニーα7R V・FE 300mm F2.8 GM OSS・絞りF4・1/2000秒・ISO100・WBマニュアル


4.おわりに

いま、野生動物撮影の機材に大きな変化が起きています。数年前に実現した動物の目を認識して追いかけるオートフォーカス機能は、いまや動物たちの目だけでなく、彼らの身体や頭も認識できるようになって、様々な姿勢からの目の検出や再検出が実現しています。センサーの画素数は5000万画素を超えるカメラボディが次々と登場し、連写性能は30枚/秒どころか120枚/秒を達成しています。くわえて、軽量で写りが素敵な超望遠レンズが次々とリリースされています。機材に恵まれた今、自身がどのような野生動物写真を撮り残したいのかを今いちど考えて、楽しい機材選びをしたいものです。

今回のカメラ・レンズ

ソニーα1
◉発売日=2021年3月19日 ◉メーカー希望小売価格=オープン(実売:833,778円・税込)
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ソニーα9Ⅱ
◉発売日=2019年11月1日 ◉メーカー希望小売価格=オープン


ソニーα7R V
◉発売日=2022年11月25日 ◉メーカー希望小売価格=オープン(実売:486,300円・税込)
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FE 300mm F2.8 GM OSS
◉発売日=2024年2月2日 ◉メーカー希望小売価格=オープン(実売:841,500円・税込)
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FE 400mm F2.8 GM OSS
◉発売日=2018年9月 ◉メーカー希望小売価格=1,843,600円(税込)


FE 70-200mm F2.8 GM OSS
◉発売日=2021年11月26日 ◉メーカー希望小売価格=オープン(実売:326,700円・税込)
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SEL14TC(1.4Xテレコンバーター)
◉発売日=2016年10月28日 ◉メーカー希望小売価格=91,300円(税込)(実売:66,330円・税込)
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