カメラの大林オンラインマガジン プロ写真家レビュー! 赤城耕一が深掘りする、M型ライカの初号機ライカM3
写真・文:赤城耕一/編集:合同会社PCT
第四席 「ライカ神話」を生み出した最高傑作機
ライカの不定期連載の第4弾。前回に引き続き写真家の赤城耕一さんにライカの歴史を紐解きながら、ご自身の体験をもとに熱くお話いただきます。今回はM型初号機、ライカM3を取り上げます。
- 赤城耕一(あかぎ・こういち)
- 東京生まれ。出版社を経てフリー。エディトリアル、コマーシャルで活動。またカメラ・写真雑誌、WEBマガジンで写真のHOW TOからメカニズム論評、カメラ、レンズのレビューで撮影、執筆を行うほか、写真ワークショップ、芸術系大学で教鞭をとる。使用カメラは70年前のライカから、最新のデジタルカメラまでと幅広い。著書に『赤城写真機診療所MarkⅡ』(玄光社)、『フィルムカメラ放蕩記』(ホビージャパン)など多数。
目次
はじめに
ライカ話をするにあたり、ライカM3について基本的な話をするのが仁義というか、お約束のようになっておりますが、本連載では端折ってしまいました。
本誌読者のみなさまに、あらためてM3の話を説明するのはくどいような気がしたからですが、やはり仁義は切らねばなりません。のであらためて、取り上げることにしますが、あれこれとスペックを羅列したところで、そうしようもないですから、筆者とM3の微妙な距離感についてお話をしておきます。
レンジファインダーカメラの王様、ライカM3
1954年に登場するライカM3は、M型ライカの初号機となります。
ライカM3+エルマーM50mmF2.8。シンプルな組み合わせでとてもいいですよね。M3はロングセラーですから、途中何度もマイナーチェンジされていますが、この個体は後期型です。巻き上げはシングルストロークです。
ライカマニアとしては、M3を必ず所有するか、あるいは使用した経験がないと、ライカのことをあれこれと訳知り顔をして人に語ってはいけないという雰囲気があったことは確かです。
とはいえ、これは20年前くらいまでの話であります。さすがにM型ライカにもデジタル時代が到来してからそれなりの年月を経ておりますし、このお約束事を守るのは意味があるとは思えません。筆者もそんなことは1ミリも感じません。
それでも筆者は今もM3は所有しており、ここぞという時には持ち出すことになります。それはやはり個性と存在感があるからでしょう。
自分よりも年上のカメラなのに、まるで、オンタイムで見てきたように書いてしまいますが、M3はその登場時からレンジファインダーカメラの王様、ライカの最高傑作機、M型の代表として君臨しました。
M3が登場した時点で、ライカはすでに完成されていたと言っても過言ではないといいます。M3はライカを神話化させることにも重要な役目を担いました。正直なことをいえば、M3でM型ライカは完成してしまっていたのです。
ズミクロンM50mm F2を装着したライカM3ブラックペイント。全体がまっくろくろすけ的な印象。あれほど欲しかったM3ブラックペイントでしたが、最近は熱がさめてシルバークロームモデルを見直しつつあります。
ファインダーの素晴らしさは他に類を見ない
ただ、ファインダーの見え方は最高ですが、そこにこだわりすぎたのでしょうか。生産効率とコストが高くなったという話を昔の文献でみたことがあります。
M3の後継機であるM2は、ファインダー構造を簡略化して、35ミリの広角フレームを内蔵させた普及機として登場します。このM2のファインダーの基本構造は新型のM11-Pにおいても踏襲されています。
裏蓋を開いてみました。スクリューマウントライカではこの機能はありませんでした。蓋がぶらぶらして気に食わないこともあるのですが、フィルム給送トラブルなどの対応はしやすいのがいいですね。
M3は等倍に近いファインダー倍率を持っており、肉眼の延長線の上に被写体があり、フレームが被写体に貼りついてみえるという言い方もあながち大袈裟ではないほどその像の見え方はすごいのです。ファインダー光路図をみると、美しく、巧みな光学系の構造に、シロウトながら感心してしまいます。
初期のライカM6あたりで問題になる逆光時にフォーカシングできなくなる“ホワイトアウト” も起こりませんし、ファインダーの見え方については、唯一無二のものがあると考えていいでしょう。
秀逸なメカ構造と使い心地
メカ構造においても評価は高いですね。よく調整されたM3の巻き上げレバーの負荷は、納豆をかき回す時に使う箸にかかる負荷と同じ程度ではないかと言われるほどです。これはフィルムが装填されていても変わることはありませんから、正常にフィルムが送られているか不安になるほどです。
とくに初期の2回巻き上げのモデルは価値としては、ごく初期のものを除けばあまり評価されていないようですが、巻き上げのトルクはすばらしく軽く、またシャッター音も、撮影者本人が不安になるほど静かな個体のものがあります。内部の構造的な違いに加えて、メンテナンスしたエンジニアが優秀なのでしょう。
Mシリーズの元祖だから、軍艦部はシンプルでキレイ、しかも視認性と操作性がよいこと、ということで以降はM3に習うことになります。雲型定規といわれたフィルム巻き上げレバーのカタチがいいですね。
もちろん現行のMPとかM-A、復刻されたM6もしっかりと調整すればある程度のところまではゆくのでしょうがM3に追いつけるかはわかりません(笑)。
では実際のM3の使い心地はどうでしょうか。個人的には、レンジファインダーカメラの最大の武器となりうる広角レンズの使用に関して、M3では少々使いづらくなってしまうことがまず気にかかります。
50、90、135mmのみのファインダーフレーム
M3のフレームは50、90、135ミリの3種しかないので、よく標準から望遠域のためのライカと言われています。35ミリのレンズを使用する場合は外づけのファインダーを使用するか、もしくはゴーグルと呼ばれるファインダー倍率を縮小して、50ミリのフレームを35ミリにする補助ファインダーのついたレンズを装着するしかありません。
ただ、このゴーグルつき35ミリレンズは、外観が大袈裟でカッコ悪くなり、M3の美しいフォルムを乱してしまうためか、あまり人気はありません。
ズミルックスM35mmF1.4のゴーグルつき。しかもシルバーリムですね。購入時はまったくと言っていいほど評価されずでしたが、いまでは恐ろしい評価です。性能ではなくてカタチ、あるいは生産台数の少なさからの評価なのでしょうね。
また、ゴーグルを通したファインダー像は、透過率が落ち、歪曲も大きくなるので、せっかくのM3の良質なファインダー像が悪化して見えてしまいます。このゴーグルは、わずかなショックでも狂うことがあるので、使用にあたってはかなり神経を使います。したがって、外づけのファインダーで、ノーマルの35mmレンズを使用したほうが、何かと安心だと思います。
ゴーグルつきの35mmは視認性はいまひとつですが、フレーミングが正確に行えるのはいいですね。最短撮影距離が0.65mになるという利点もありますが、ショックに弱いのでブツけないように取り扱いは慎重にお願いします。
【撮影データ】ライカM3・ズミルックスM35mm F1.4・絞りF4・1/250秒・トライX
50ミリ以上のレンズを使用する場合、いまだM3にかなうM型ライカ、いやレンジファインダーカメラはないのではないでしょうか。
そのパララックスの補正精度は驚異的なほどで、とくに至近距離の視野率は100パーセント近くなります。50ミリのフレームは四隅の角が丸まったデザインで、線が太いのが少し気になるものの、世界から部分を切り取るという意識が強くなります。
90mmのフレームの大きさとカタチはM型ライカの中でも、もっとも品がありますねえ。
これが気に入って、若い頃はスタジオでタレントを撮影するような場合にも、M3とズミクロン90mmF2の組み合わせで仕事したことがあります。さぞかし周りから物好きなヤツだと思われたでしょうが、仕事はうまくいきました。
【撮影データ】ライカM3・ズミクロンM90mm F2・絞りF5.6・1/1000秒・トライX
90ミリのフレームのデザインは品格すら感じるサイズとフレームのデザインで、唯一、レンジファインダーカメラで望遠レンズを使いたくなる限界点ともいえるところにあります。一眼レフのファインダー観察とはまた異なった風情すら感じられるほどです。
一時、ライカM3+ズミクロン90mmという縛りで撮影していたころの作品。持ち上げているわけじゃなくて本当に使いやすいのです。レンズ性能はすばらしいです。正確にフォーカスするのは大変ですけど。
【撮影データ】ライカM3・ズミクロンM90mm F2 絞りF5.6・1/1000秒・トライX
135ミリも他のM型ライカに比較すればフレームが大きく、十分に実用域の範疇に入ります。なお、50ミリのフレームはレンズを交換しても出たままなのですが、これは他の焦点距離の交換レンズを選択する時の基準となるので問題はないでしょう。本当はレンズを交換すると消えてもらったほうが煩わしくないんですが(笑)。
50、90、135mmのみのファインダーフレームの割り切りは、現行のライカMシリーズと比較すると少ないですが、レンズに無駄な投資することを防いでくれるかもしれませんね。無駄な抵抗かもしれませんけど。
レンジファインダーカメラは、当然のことながら、ファインダー像はパンフォーカスになりますが、長焦点域だと、より被写界深度の想像がつかず、ファインダー像とでき上がった写真の乖離に驚くことがあります。
ところが、一眼レフなみとは言わないまでもM3では素直に受け取ることができるように思うのです。これもファインダーが優れているからでしょう。撮影者が背景のボケ味を想像しやすいように考えられているように思えてなりません。よい意味で想像力が培われるというわけです。
一時期、筆者も背伸びをして、ライカM3にズミクロン90mmF2を装着したままにして、中望遠の目を鍛えていました。こうした練習をしていないと、人間の測距精度が落ちてしまうこともあります。AFが当たり前のいま、意味がないと思われるかもしれませんが、フォーカスのポイントをどこに置くかという点において、相当な鍛錬になります。
フレームセレクターレバーです。初期のM3にはありません。レンズを交換しなくてもフレームを出現させることができて便利とされますが、一眼レフではないですから、レンズの特性がわかるわけではありません。
M3は間違いなく所有しなければならないライカである
高品位のカメラは撮影結果や機能とは関係ないところにまで配慮された、つまり無駄なところまでお金がかけられたものであると考えていいかもしれません。M3はそういう意味でも今も象徴的な感じがします。ファインダーと操作感などM3のモノ的な資質によって、私たちは感情を揺すぶられるようなところがあり、これに感激してしまうのでしょう。
フィルム巻き戻しノブ。巻き戻しには時間が少々かかります。クランクを採用しなかったのは、静電気によるカブりから装填されたフィルムを守るためだという論評をみたことがありますが、本当かどうかは怪しいですね。M4からはクランクになりますし。
これで良い写真が制作できればいうことはありませんが、残念ながらM3の使用感触が写真制作に役立つことがあるのか、それを事例によって示すことは難しいのです。ええ、筆者が至らないだけですが。でもね、使用する時のモチベーションは間違いなく作用し、気持ちは上がります。
シンクロターミナルはM4以降のものと同一のものに改造してもらいました。一時はM3もアサインメントに使用していたのでストロボも使用したのです。コレクション的にはこういう実用改造をすると評価は低くなるようですで、コレクターの方に怒られたことがあります。
絶対にライカは広角レンズしか使用しないという人は別として、50ミリ以上の長焦点レンズの使用頻度が多い人にとって、M3は間違いなく所有しなければならないライカであるとここで断言しておきましょう。しつこいようですが、ファインダーの素晴らしさは他に類を見ないからであります。
後継のM2が登場してからも、生産は継続されたのは、やはりM3にはファインダーの個性があったからではないかと思います。
過保護にならない程度にM3を大事に使い、21世紀の世間の若き人々の目に引き続きさらし続けることが、「ライカ神話」の継続に繋がることに役立つのではないかと本気で考える筆者であります。
街角で。スナップって、時として暴力的になってしまうことがあるのですが、M3はどこか優しい気持ちで撮影に挑めるような気がしますね。全体のフィーリングやシャッター音に品格があるからでしょうか。
【撮影データ】ライカM3・ズミルックスM50mm F1.4 絞りF5.6・1/1000秒・トライX
今回使用したカメラ、フィルム
コダックTri-X
●価格=2,900円(税込)
LEICA(ライカ)M3
◉発売=1954年 ◉価格=生産終了品
LEICA(ライカ)M3 ブラックペイント
◉発売=1954年 ◉価格=生産終了品
LEICA(ライカ)ライカ ズミルックスM f1.4/35mm ASPH. ブラック(現行品)
◉発売=2022年9月30日 ◉価格=877,800円(税込)
詳しくはこちら
LEICA(ライカ)ライカ ズミクロンM f2/50mm ブラック(現行品)
◉発売=2006年10月9日 ◉価格=386,650円(税込)
詳しくはこちら
LEICA(ライカ)ズミクロンM f2/90mm
◉発売=1998年 ◉価格=生産終了品