カメラの大林オンラインマガジン プロ写真家レビュー! なぎら健壱の「町ぶら!スナップ写真散歩のススメ」
写真・文:なぎら健壱/編集:合同会社PCT
町歩きの途中で「偶然」に出合い、シャッターを切る!
フォークシンガーであり、写真家としても知られるなぎら健壱さんは町歩きの名人。今回、そんななぎら健壱さんに町をぶらつきながらのスナップ写真散歩の楽しみ方を教えていただいた。まずはカメラを持って歩くこと。今回は炎天下の中、不忍池辯天堂を中心に上野公園周辺を歩き、偶然との出会いをモノクロームで切り取った。いつもの見慣れた町をカメラを持ってぶらつくことで、そこにたくさんの物語が見えてくることでしょう。なぎら健壱さんの写真散歩を参考に、ぜひ町歩きのスナップ撮影を楽しんでみてください。
- なぎら健壱(なぎら・けんいち)
- 1952年東京の銀座で生まれ、葛飾区、江東区などで育つ。フォークシンガーとして1972年にファーストアルバム「万年床」でレコードデビュー。現在までに10数枚のアルバムを発表している。その後はコンサート活動の他、独特のキャラクターでテレビ、ラジオ、映画、ドラマ等の出演や新聞、雑誌等の執筆で幅広く活躍。カメラや写真にも造詣が深く、1972年頃から写真を撮り始め、写真集『東京のこっちがわ』『町のうしろ姿』(岳陽舎)、『町の残像』(日本カメラ社)等を上梓。現在は写真雑誌などにも連載を持ち、東京から消えゆくものや下町の生活を表した写真展を毎年開催している。
目次
はじめにーカメラを持って歩きなさい
カメラを片手に町をぶらつくのが好きなのである。馴染みのある町、初めて訪れる町どちらでも構わない。馴染みの町には新しい発見があるし、地の勘がない場所はそれなりにワクワクさせられる。町の写真を撮って歩く人に言えることは写真好きであると共に、町歩き好きでなくてはならないということであろう。歩くのが億劫だ、外出は好きではないという方々は論外である。やはり根底に歩くのが苦ではないということを踏まえ、町が好きだというのがなければならないだろう。町歩きが好きはイコール町好きということである。そしてその町に興味を抱かなければならないとも言える。この興味を持つと言うことがさらに町を好きにさせる要因なのかも知れないからである。
しかし町歩きが好きであっても、カメラには縁がない人がいる。いや、そっちのほうが多いに決まっている。そうした人たちにあたしは「カメラを持って歩きなさい」と薦める。なぜならば、カメラを持つことによって周囲をよく見るようになるからである。要するに何かカメラに収めてやろうと、あたりをキョロキョロするようになるということですかね。被写体を探してということは、町をよく見るということに他ならない。前後左右はおろか、上と下にも目を配るようになれば本物である。
また、カメラを持って歩きなさいと薦めるもうひとつの理由としては、後になってその時の写真を見ると、撮ったその場所の景観などが思い出される――つまり心に景観などをとどめる手伝いができるということであろうか。実際あたしは小学校時代のスナップなどを目にすると、その時のシュチエーションが思い出される(全てではないが)。
町歩きの時、町の迷子になりたいという願望がある
小学校と言えば、あたしはなぜか子供の頃から町歩きが好きであった。変な子供と言われてしまえば、確かに変な子供であった。あたしより年下の子供を遠くまで連れ回し、「あの子とは遊ぶな」とその子の親から言われた。また妙なクセがあって町歩きの時、町の迷子になりたいという願望がある。要するに今、自分がどこにいるか失いたいのである。「馴染みの町には新しい発見があるし」と前述したが、あまりに馴染みの町に頻繁に足を向けると変化も乏しくなってしまう。なかなか目新しい物に出合わなくなってしまい、さすがに関心も希薄になってしまう。しかるに何回か来たことのある町であっても道程を変えたり、あえて知らない道を行ったりすると、やがて方向を失い、所在すら分らなくなってしまう。これが好きなのである。勝手知ったる町だとしても、新鮮な趣で町に接していられる。まあ、この迷子願望を持ち合わせている人はあまりいないような気もしますがね……。
中には自転車の方が歩きより効率的だという人がいるが、自転車の方が距離を稼げて目にする景観の量もおのずと増えるからということであろう。これはそう思いたいが実はそうではない。確かに距離は稼げるが歩いている方が周りをよく観察できる。自転車だとどうしても視界が狭まるし、前後左右、上下をキョロキョロしていたら危なくて仕方ない。たとえばもっと効率がいいだろうと思われるオートバイを思い浮かべてもらいたい。自転車とオートバイを比較すれば分ると思うが、スピードと目から入る情報量は比例しないということである。さらに歩きと比べると、心に引っかかることの絶対量がやはり違う。
どこの町を散策しようかと思案した挙げ句、上野を選んだ
で、今回この文章を頼まれたのだが、今年の夏の暑さはみなさんも知ってのとおり、尋常なものではなかった。
冒頭で「外出は好きではないという方は論外である」と書いたが、今年の酷暑の異常さは「外出は嫌いだ!」の一言であった。町歩きが好きなあたしであるが、さすがにお天道様を見据え、二の足を踏んでしまうことも多かった。冷たい飲み物を入れたボトルと、衣類にメントールを吹きかけるスプレーは必需品であった。携帯扇風機なんて灼熱の中では熱い風を踊らせるようなもので、まるで効かない。
そこで、どこの町を散策しようかと思案した挙げ句、上野を選んだ。最近よく足を向けるのが上野公園である。
この場所は江戸時代、東叡山寛永寺の境内地であり、大正13年に宮内省を経て東京市に下賜されたので、上野恩賜公園という。その上野恩賜公園が正式名称だが、慣れ親しんでいる上野公園の方が一般的である。
西郷隆盛の銅像が有名だが、他にも敷地内には、恩賜上野動物園、東京国立博物館、国立科学博物館、国立西洋美術館、東京都美術館、東京文化会館、上野の森美術館等々アカデミックな施設が多いエリアである。
かつては写真を撮るとなると浅草に足を向けることが多かったのだが、最近はもっぱらこの上野公園である。浅草は外国人観光客があまりに多くて、いささか食傷気味なのである。
そしてこれは上野に限ったことではないが、町歩きの途中で「偶然」に出合えれば、もう言うことはない。あたしはその偶然に出合えることが――その瞬間を切り取ることができるのが写真だと思っている。大仰に言えば千載一遇、一期一会というやつであろうか。まあ闇雲にシャッターを切るだけではなかなか偶然に出合えることはない。偶然はあくまで偶然なのだが、ある意味必然でもある。要するに偶然に出合えること自体が、それも腕、技量と考えている――なんと言うか、腕と言うより眼力なのかもしれない。
町歩きの途中で「偶然」に出合う
さて、その上野公園を出発するとしましょうか。前述に「偶然に出合えることをよしとしている」とあるように、上野公園は今日歩くルートにおいて、偶然の出会いの可能性が高い場所だと思っている。かつてここで遭遇したそうした写真を紹介しておこう①②③④。もっともこうした偶然には、シャッターが間に合わない方が多い。それぞれの写真についてはキャプションを参考にしていただきたい。
かつてローラー族という人たちがいたが、7年前のここにもいた。音楽を流して踊ると言うより、自分たちの姿かたちに陶酔するというような感じでしたかな(竹の台広場にて)。
【撮影データ】OLYMPUS(オリンパス)PEN-F・M.ZUIKO DIGITAL 14-42mm F3.5-5.6 EZ・42mm(35mm判換算84mm)で撮影・絞りF5.6・1/80秒・ISO1250
(撮影日時 : 2016年12月18日)
アジア圏のお客さん。日本ではすでに「カメハメ波~」なんてやる人はいませんでしたが、お国では丁度アニメが放映されていたんですかね(大噴水前にて)。
【撮影データ】OLYMPUS(オリンパス)PEN-F・M.ZUIKO DIGITAL 14-42mm F3.5-5.6 EZ・42mm(35mm判換算84mm)で撮影・絞りF5.6・1/100秒・ISO320
(撮影日時 : 2016年11月17日)
動物園の側にあるお土産屋兼食堂。おじさんが手にしているパンダのぬいぐるみをジッと見やる女の子(上野公園にて)。
【撮影データ】OLYMPUS(オリンパス)PEN-F・M.ZUIKO DIGITAL 14-42mm F3.5-5.6 EZ・37mm(35mm判換算74mm)で撮影・絞りF5.5・1/25秒・ISO320・−0.3EV補正
(撮影日時 : 2016年11月17日)
友達が飛び上がったところをパチリする女性。ヒジャブを被っているところを見ると、イスラム圏の女性なんでしょうか(上野公園にて)。
【撮影データ】OLYMPUS(オリンパス)PEN-F・M.ZUIKO DIGITAL 14-42mm F3.5-5.6 EZ・30mm(35mm判換算60mm)で撮影・絞り6.3・1/60秒・ISO1600
(撮影日時 : 2016年12月18日)
猛暑の中の町歩き。上野公園は見どころ満載
かつて上野公園には多くのホームレスが、ブルーシートの簡易住宅(?)に住んでいた。ある場所はブルーシートの集落のようになっていたが、今は撤去されてしまった。あのおじさんたちは被写体として魅力的であったが、みんなどこへ行ってしまったのか?
木陰をぬって歩いていると、木漏れ日が工事中の壁にいい具合にあたっていた。陰影が面白いかなとカメラを向けていると、荷物を引いた女性が通っていく。いいぞと、思わずシャッターを切る。
【撮影データ】OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・40mm(35mm判換算80mm)で撮影・絞り6.3・1/100秒・ISO200・−0.3EV補正・アートフィルター:ラフモノクローム
目の前の大噴水(竹の台広場の噴水)は30分間隔で多様に吹き出しのパターンが変化をし、夜にはライトアップされる。正面に東京国立博物館の日本館が構えている。
竹の台広場にテントが設営されているところだった。近日中に何かのイベントがあるのだろう。テントの白と後ろの森とのコントラストがいいですよ。夏の空ですね。
【撮影データ】OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・18mm(35mm判換算36mm)で撮影・絞り7.1・1/800秒・ISO200・−0.3EV補正・アートフィルター:ラフモノクローム
動物園から上野駅公園改札口に向かう広場である。早くここから立ち去ろうと歩いていると、やはり足早に歩く女の子が――暑いよね~!
【撮影データ】OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・25mm(35mm判換算50mm)で撮影・絞り6.3・1/1600秒・ISO200・−0.7EV補正・アートフィルター:ラフモノクローム
この噴水の吹き出しの変化だけでも絵になり、何枚もシャッターを切ることができる。噴水の周りでは大勢の人たちが入れ替わり休息をしているが、この人たちを観察するのも一興である。半日粘ったらかなり面白い写真が撮れること間違いなしである。しかし日光を遮るものがないので、今回はあたし、早々に引き上げる――凄いね、外国のお客さんだらけである。
上野公園から不忍池に下りる階段から狙ったものである。時間は15時、暑い盛りである。日本人より俄然外国からのお客さんが目を引く。そりゃそうだ、平日の15時となればみな仕事の最中ですもんね。
【撮影データ】OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・40mm(35mm判換算80mm)で撮影・絞り7.1・1/1250秒・ISO200・−0.3EV補正・アートフィルター:ラフモノクローム
動物園を右に見て公園の正面に向かう。
やがて右側に階段が現われ、それを下りる。目の前には上野公園不忍池があり、中央にあるのが中之島(弁天島)で辯才天(べんざいてん)様をお祀りする不忍池辯天堂がある。この中之島は、琵琶湖の竹生島になぞらえて造られた、人工の島である。
不忍池を見る4人組。池の鯉を見ているのか、なんとここに立ち止まって池を眺める欧米人の多いことか。鯉って珍しいのか?
【撮影データ】OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・12mm(35mm判換算24mm)で撮影・絞り7.1・1/500秒・ISO200・−0.3EV補正・アートフィルター:ラフモノクローム
不忍池辯天堂に向かう外国からのお客さん。引っ切りなしの人が行交う場所だが、こうして他の人たちが写っていないというのは珍しい。いや~暑そうですね。
【撮影データ】OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・18mm(35mm判換算36mm)で撮影・絞り7.1・1/800秒・ISO200・−0.3EV補正・アートフィルター:ラフモノクローム
辯天堂を抜けて裏に出るとボート乗り場が見える。そして不忍池を半周する。ここに集いし方々も、なかなかに被写体になり得る人が多い。しかし最近は、素人が肖像権やらプライバシー権など変なことを覚えてしまって、何を言われるか分らないもので要注意ですな。
暑い中、どうにか写真を取り終わった。あとはアメ横まで足を伸ばして冷たいビールをグビッとやるだけである。
不忍池のほとりを歩いて行く。一周すると約2.7kmのコースであるが、ここに様々な人が集うので、結構いい被写体に出合うことができる。
【撮影データ】OM SYSTEM OM-1・M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO II・25mm(35mm判換算50mm)で撮影・絞り8.0・1/800秒・ISO200・−0.3EV補正・アートフィルター:ラフモノクローム
足早に今日の行程を紹介したが、こんな簡単なものじゃありませんからね。みなさんの町歩きの指針になればということですから。とにかく見どころ満載である――というか、写真どころ満載である。つまり上野公園には絶好の被写体がうじゃうじゃしてまして、アンテナを張っていればきっといいチャンスに遭遇できます。是非あなたの足でそれを探してみて下さい。この公園に限らず、人が大勢集まるところには、その数だけの物語があります。それが少しでもカメラに収まれば良しとしましょう。
あなたも、あなたの場所を探してみて下さい。